ホーキング博士とその病気|ALSと闘う人々

2018年3月16日へなちょこ情報

ホーキング博士の病気、ALS(筋委縮性側索硬化症)は、とても残酷な病気です。でも、その病気と闘いながらも、楽しそうに充実した日々を生きたホーキング博士。ALSのこと、そして日本にも、この病気と闘いながら生き生きと生きる人がいること、是非知って頂きたいと思います。

ホーキング博士の死とALS

2018年3月14日、「車いすの天才科学者」として知られる理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士が死去したことが報じられました。1988年に発表された彼の宇宙論の入門書『ホーキング、宇宙を語る : ビッグバンからブラックホールまで』は2000万部以上の売り上げを誇る大ベストセラーです。

ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで (ハヤカワ文庫NF) 文庫 – 1995/4/1
スティーヴン・W. ホーキング (著),‎ Stephen W. Hawking (原著)

この本は私には難しすぎて、とても読めそうにありません。

私にとって博士は、ときどきニュースで見かける人でした。
ホーキング博士のことを身近に感じられるようになったのは、映画「博士と彼女のセオリー」を見てからです。

博士と彼女のセオリー [DVD]
エディ・レッドメイン (出演),‎ フェリシティ・ジョーンズ (出演),‎ & 1 その他 形式: DVD

これは2014年にイギリスで製作された伝記映画です。ホーキング博士が大学在学中に、元妻・ジェーンと出会い、恋に落ちるものの、ALSで余命2年と診断されます。日に日に機能が低下していく自分に愕然とし、彼は彼女を遠ざけようとします。それを彼女が「あなたを愛している、すべてを引き受ける」と宣言し、2人は結婚します。

ALS (筋委縮性側索硬化症) とは

では、ALSってどんな病気なんでしょう?

筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気です。しかし、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが障害をうけます。その結果、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせていきます。その一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれることが普通です。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2)難病情報センター

また、最もかかりやすい年代は60~70歳代で、日本では1万人弱の患者さんがいます。

私が言語聴覚士の仕事をしていた時、何度か、ALSの患者さんを担当する機会がありました。
患者さんは最初、
自分で歩いていらっしゃるし
多くの方はちょっと聞き取りにくい話し方だな
というかんじ。

それが、
だんだん歩くのが難しくなって車いすになり、
呂律が回らなくなり、
字も書けなくなり、
食事が食べにくくなり、
むせたりする嚥下障害があらわれます。
その進行のペースは患者さんによりずいぶん違っていました。
車いすのイラスト

体のどの部分の筋肉から始まってもやがては全身の筋肉が侵され、最後は呼吸の筋肉(呼吸筋)も働かなくなって大多数の方は呼吸不全で死亡します。人工呼吸器を使わない場合、病気になってから死亡までの期間はおおよそ2~5年ですが、中には人工呼吸器を使わないでも10数年の長期間にわたって非常にゆっくりした経過をたどる例もあります。その一方で、もっと早い経過で呼吸不全をきたす例もあります。特に高齢者で、話しにくい、食べ物がのみ込みにくいという症状で始まるタイプは進行が早いことが多いとされています。重要な点は患者さんごとに経過が大きく異なることであり、個々の患者さんに即した対応が必要となります。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2)難病情報センター

ALS(筋委縮性側索硬化症)の機能障害は?

つまり非常に大ざっぱな言い方をすると
ALSにかかると

次第に全身の動きが不自由になり、
移動は車いすとなり、
手も動かなくなり、
話せなくなり、
飲みこめなくなり、
呼吸困難になる

のです。

残念ながら、現在、この病気には効果的な治療法はなく、進行を食い止めることはできません。
ですから症状に対処していくしか方法がありません。

初期には残っている機能をなるべく活用して、
周囲も協力体制を万全にするよう環境を整えます。
障がいが重度になってきたら、
・車いす
・コミュニケーションのための装置
など代替手段を導入します。

また、飲みこめなくなった場合、
・気道と食道を分離する手術
・胃に直接食物を注入するための穴をあける手術

胃ろうのイラスト

などを行って、栄養を摂れるようにします。

呼吸障害が進行すれば呼吸器を装着します。

ALS:筋委縮性側索硬化症のコミュニケーションは?

ALSでは多くの場合、表出する手段がないことが大きな問題です。
声帯、舌、唇、顎などしゃべるための器官の筋肉が委縮し
声も発音もはっきりしなくなります。
文字を書きたくても、ジェスチャーしたくても手が動きません。
あるいは、発音の器官の動きが残っていても、
呼吸障害で気管切開をすると、声帯の下に穴をあけてしまうので、
息が声帯に届かず声が出なくなってしまいます。

しかし、ホーキング博士もそうでしたが、瞬きなど顔の動きは比較的保たれている場合が多いです。

このため、
50音表や単語カードなどを利用して、
聞き手が示したものにyes/no反応をすることで
コミュニケーション可能です。
先ほどご紹介したホーキング博士の映画の中でも、そんなシーンがありました。
また、視線で伝える方法もあります。
聞く側と患者さんが透明な文字盤を間に向かい合い、患者さんが言いたい言葉を構成する文字を順に見つめて、それを聞く側が一文字ずつ読み取っていくわけです。
透明文字盤 東京都立神経病院

最近では、コンピュータを利用した意思伝達装置が普及しています。
からだのどこか、ほんの一部でもわずかにでも動けば、
それを利用して機器を操作して、
音声や文字で素早く表示して会話ができます。
パソコン搭載の車いすに乗る人のイラスト
João Medeiros氏によれば、ホーキング博士の最初の音声伝達装置は手の親指で操作するようつくられましたが、次第に手指の機能が低下したため、何度か世代交代したようです。何を使って操作するか、顔ジェスチャ認識、視線追跡、なんと脳波まで、さまざまなものが試されたようです。(下記の記事の日本語訳より抜粋)
“Giving Stephen Hawking a voice When Hawking lost his voice, he sought a different scientific breakthrough”


亡くなる少し前まで車いすに取り付けたタブレットPCで、講演や執筆を行っていたホーキング博士。”licopal.com” の記事によれば2015年当時に使っていたパソコン操作支援ソフトはインテルとの共同開発によるカスタムメイドだそうです。そして、このソフトウェアを必要とする全ての人に届けたいということで、オープンソース化され、フリーウェアとしても公開されました。

ホーキング博士が使っている意思伝達システムはこんなソフトだった

ホーキング博士のおちゃめぶり

ホーキング博士が亡くなってから、ネット上では、彼の死を悼む声が続々と投稿されています。
博士がしばしば暴走し、気に入らない人を車いすで轢いていたという話は、有名です。茶目っ気たっぷりでウィットに富んだ人柄は、冒頭にご紹介した映画でも、見事に描かれていました。
博士の娘さんで、ジャーナリストで作家のルーシー・ホーキングさんは、こんな風に語っておられます。

父は会議などで海外へ行くときは、必ず家族を一緒に連れていきました。だから私も、日本、ミュンヘン、香港、モスクワ、アメリカ……、父についてあちこち出かけました。家にいるときは、日曜日の午後などによく一緒に色々なゲームをしました。単語を並べるスクラブルやチェス、モノポリー……、よく父とやりました。そんな時、よく車でアイスクリームを売りに来るんです。その車から流れる音楽が聞こえると、父は「急げ! 」といってアイスクリームを買いに行かせるんです。よくアイスクリームに付き合わされましたね。

マイナビニュース ホーキング博士の娘が語る父のこと、宇宙の魅力、話題の著書について

アイスクリームのイラスト

2007年には無重力飛行体験もしている博士。ルーシーさんはまた、博士が一度やると言い出したら必ずやる人で、決して自分を憐れむことはなかったとおっしゃっています(上記記載のマイナビニュースより)。

宇宙飛行士のイラスト

どんな時も、残された機能をフルに使って意思伝達装置を巧みに操り、コミュニケーションをしていたであろう博士の姿が、目に浮かぶようなエピソードばかりです。
私が担当していた患者さんもみな、新しいコミュニケーションの方法を習得するのはとても早く、多くの方が使いこなしておられました。コミュニケーション手段が確保されると明るくなったり、生き生きとされる方も多いです。

やはり、人は言いたいことが言えないのが一番つらいのかもしれません。

ALSとともに限りなく前向きに生きる人たち

ALSとともに、生き生きと暮らす人々は、日本にもいらっしゃいます。

経営・執筆・講演をこなし、困っていることがない中野さん

「ALSをしなやかに生きる」というブログを「足」で書いていらっしゃる中野玄三さん。ALS歴23年、生活目的の人工呼吸器をつけていらっしゃるけれど、電子書籍を執筆し講演活動もしてらっしゃる。自ら介護サービスの会社を立ち上げ経営し、24時間ヘルパーさんの付添を確保しておられるそうです。プロフィールには「困っていること:なし」という記述があり、不謹慎ながら私は思わず吹き出してしまいました。

ちなみに彼は6種類のコミュニケーションの手段を使い分けているとのことです。

呼吸器をつけた男性のイラスト

テクノロジーを駆使し目で音楽を奏でる武藤さん

20代で発症し、今30代の武藤将胤(むとう まさたね)さんは、発症前には広告プランナーでらっしゃったということで、まず、ご本人もHPもびっくりするほどおしゃれです。今は独立起業してさまざまな事業展開をしている団体、その名も「WITH ALS」の代表でらっしゃるようです。

【一般社団法人WITH ALSとは】
ALS(筋萎縮性側策硬化症)患者の置かれた現状を、自身の体験を通じて世界中に周知し、認知・理解を拡大させることで、治療方法や支援制度を向上させることを目的とする。
また、ALSやその他難病患者、その家族、非患者のQOL(Quality of Life)の向上に貢献するコンテンツ開発・支援活動を実施する団体です。

【一般社団法人WITH ALSとは】

そして、様々な機能が低下する中、保持されている目の動きとテクノロジーとを駆使して音楽を奏でようというのが、今、彼が取り組んでいるプロジェクトです。そうして制作した music film で ALSの認知・理解を広げるとともに、ALSの治療薬の研究開発費を集めることにも役立てたいそうです。

いやあ、のんびり生きとったらいかんなあと
つくづく励まされます。

日本ALS協会のホームページを見ると、ALSとともに前向きに生き生きと生活する方が、たくさんいらっしゃることがよく分かります。

街でALSの患者さんを見かけることは、まだまだ少ないかもしれません。でも、医療や福祉に関するテクノロジーの開発で、ALSの方の潜在能力は、これからもっと引き出されるようになるでしょう。
ホーキング博士のように。
そして、治療法も開発されてほしいですね。

ALSの患者さんに捧げられたオスカー像

映画機材のイラスト
冒頭でご紹介した映画での、ホーキング博士役のエディ・レッドメインの演技は、それは素晴らしいものでした。歩行障害や言語障害が進行していく演技が、これまで見てきた患者さんに本当にそっくりでした。なので、彼がハリウッド俳優であることなど一度も思い出さず、実物よりちょっと色男のホーキング博士が、果敢に病気と闘う姿が、切なくも感動的でした。
この映画は第87回アカデミー賞では5部門にノミネートされ、エディ・レッドメインが主演男優賞を受賞しました。

彼のアカデミー賞授賞式でのスピーチは、何度見ても美しく、ユーモアにあふれ、心躍るものです。スカーレット・ヨハンセンに名前を呼ばれたレッドメインは、上気した顔で立ち上がって、驚愕の美貌を持つお連れ合いと熱い抱擁とキスを交わします。そして壇上に駆け上がり、震える手でオスカーを握りしめ、言葉につまり、もどかしげに、たどたどしく、でも大変力強く、こう言うのです。

「このオスカーは、世界中でALSと闘っている人たちのためのものです」

お急ぎの方は、1分10秒からご覧ください。

”Eddie Redmayne winning Best Actor” Academy Oliginals Oscars

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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