ジャズピアニスト海野雅威の復帰第1弾CD・Get My Mojo Back|ゴニョ研
ついに、待ちに待った海野さんのCDがリリースされました!
それも、あの名門 Verve レーベルから!
“Get My Mojo Back"
2020年9月に海野さんがヘイトクライムにより右肩骨折などの重傷を負い、ピアニスト生命も危ぶまれた、あの事件から1年半。
2021年の復帰ツアーでの彼の演奏には、たくさんの方が勇気をもらったことでしょう。
ちなみに、現在の海野さんは、今年1月に再手術も無事終えられ、リハビリに励みながら、演奏活動や新作のプロモーションに忙しくしておられるようです。
2022年3月20日には、ブルー・ノート東京で、NYを拠点に活躍するタップ・ダンサー熊谷和徳さんとの共演も予定されていますね。
さて、では、あの事件のずっと前からファンだった方も、事件後に海野さんのピアノに魅せられた方も、どちらにも楽しんでいただけるように、海野さんの熱烈なファンの1人として、この素晴らしいアルバムについて語ってみたいと思います。
ぜひ、アルバムを聴きながら読んでいただきたいです。
ダントン・ボーラー / Danton Boller (b)
ジェローム・ジェニングス / Jerome Jennings (ds)
エディ・アレン / Eddie Allen (tp)
クリフトン・アンダーソン Clifton Anderson (tb)
アンソニー・ウェア / Anthony Ware (as, ts)
ヴィクター・シー・ユーエン / Victor See Yuen (per)
2021年7月&9月、ニューヨーク、ブルックリン・レコーディングにて録音
海野雅威の復帰第1弾CD・Get My Mojo Back
まず海野さんご自身によるアルバムの紹介からどうぞ。
音楽の持つ力こそ “mojo"
“mojo" とは、不思議な力、パワー、生命力といった意味。
なるほど。
そう言われてみると、思い当たることがあります。
2021年9月7日、NYのジャズクラブ Barbès で、海野さんのトリオの演奏がありました。
私はこの公演をストリームで見ていました。
そして次々に演奏される、最近作られたと紹介される海野さんのオリジナルを聴いて、本当に驚いたのです。
事件後、日本でリハビリをされていた海野さんについて、時折耳にする情報は、「ジャズクラブに飛び入りで演奏され、演奏は素晴らしかったけれど、まだ演奏後の痛みはひどい」というような内容でした。
そんな状態の中、作られた曲が、底抜けに明るく希望に満ちていたのです。
私はその中でも、このアルバムの最後に収められている “Enjoy It While You Can" が大好きで、毎日のようにストリームのアーカイブを見て、この曲に合わせて踊っていました。
娘に白い目で見られましたが…。
理不尽すぎる大惨事に打ちのめされているはずの海野さんのどこに、こんな明るさがあったのでしょう?
事件後、吉田豊さん、海野俊輔さん、akikoさんらが、海野さんを支援するために企画されたチャリティコンサートのタイトルが、"Look for the silver lining" でしたね。
逆境にこそ希望の兆しを見つけようと歌うこの曲を、コンサートのタイトルに選んだのは海野さんご自身でした。
“Enjoy It While You Can"
タイトルもユーモラスでしょう?
海野さんの前のアルバム、"As Time Goes By" には、”Trouble Ain’t Always Bad" という曲もありました。
悲惨な状況の中だからこそユーモアを大切にし、明るい考え方を。
海野さんは、それを体現されていたわけです。
口ずさめるキャッチーなメロディーの秘密は、もう一つ、作曲法にもあったようなんです。
今回は特にシンプルで力強く口ずさみやすいメロディーがまず聞こえてきました。頭で難しく考えた〈作曲のための作曲〉のようなものではなくて、アルバムにブラスやパーカッションが入っているのも、そうした楽器が入ったサウンドがごく自然に自分の心の中から聞こえてきたからです。痛みでピアノがまったく弾けない時期に実際に歌いながらモチーフやアイデアを作ったので、スタンダードソングとして歌詞があっても似合う曲と感じられる曲が生まれたのかもしれません。この作品に入っている楽曲は、生まれるべくして生まれた曲たちですね。
Mikki、「海野雅威、不屈のジャズピアニストは〈こんなことで負けてたまるか〉と再び立ち上がった」、インタビュー・文/原田和典、2022.3.1(太字化は筆者)
音楽は人の心を癒すとか励ますとか、100回言うよりも、こんな曲を1回聴けば、人生は捨てたもんじゃないかもと思えます。
海野さんがピアノが弾けないときに、むしろいろいろなモチーフが繰り出されてきたことは、彼の音楽的才能から考えれば当然のことです。そして演奏できなくても、溢れ出してくる音楽に、彼自身、癒されたのかもしれないと私は思います。
そして明るい曲が多いもう一つの原因は、海野さんの曲に合わせて踊る、妖精のような息子さんかもしれません。
“Get My Mojo Back"の各曲について
全てが海野さんのオリジナルであるこのアルバム、聴きどころはたくさんあります。
Isn’t This Gate Working?
1曲目の “Isn’t This Gate Working?" は、モンティ・アレキサンダーへのオマージュ。
バンドの中で圧倒的な説得力とスウィングで、注目を全部さらってしまうようなメンバーをジャズ的なニックネームでGateと言う事があります。ジャマイカ出身のモンティ・アレキサンダーもそんなニックネームが似合うと感じる私のヒーローの一人です。事件直後、真っ先に心配の電話を頂いたのも、あたたかいモンティからでした。この曲は音楽で国境を軽々と超えていくモンティへのリスペクト、そして分断の時代でもオープンな心を持って認め合えたら、という希望もタイトルに込めています。
「Isn’t This Gate Working?」先行配信!坂本龍一氏からのコメント到着!(2022.02.16 TOPICS)
この曲は、海野さんの前のアルバム “Journeyer" にも収録されていて、そちらはピアノトリオなので、ぜひ聴き比べてみてください。
Birdbath
美しいボサノヴァの曲は、2010年の海野さんのアルバム “As Time Goes By" にも収められています。
前のアルバムではピアノトリオで演奏されていますが、このアルバムでは、テーマの前半のメロディは管楽器が担当します。
トランペットとサックスのハモりが、胸がキュンとなるほど美しいです。
そして、トランペット、サックス、ピアノとソロが続き、最後はこの3つの楽器が絡み合いながらフェイドアウトしていきますが、これが本当に粋で、フェイドアウトが憎らしいくらいです。
トランペットはエディ・アレンさん。
最新作でも素晴らしいトランペットを演奏をしてくれたEddie Allen。これは彼のバンドPushで2014年ウクライナで演奏時の写真。この時も飛行機が墜落して演奏できなかったグループもいて物騒ではあった。でも素晴らしい街、素敵な人と出会えたフェスだった。彼、彼女の顔が浮かぶ。戦争本当やめてくれ。 pic.twitter.com/DoSKlFjB4e
— Tadataka Unno 海野雅威 (@tadataka_unno) March 3, 2022
そして、サックスはアンソニー・ウェアさん。
サックスのアンソニー・ウェアと私は、10年以上ウィナード・ハーパーのバンドで一緒に演奏してきました。このメンバーの中では最年少ですが、ソウルフルな音色を持つ、信頼する仲間のひとりです。
「海野雅威、不屈のジャズピアニストは〈こんなことで負けてたまるか〉と再び立ち上がった」、インタビュー・文/原田和典
海野さんがアンソニーさんと共演する WINARD HARPER & JELI POSSE のライブは、NYのジャズクラブ、"SMALLS" のサイトで10ドル以上寄付すると見ることができます。
THE SMALLS LIVE FOUNDATION
“Get My Mojo Back"から “Mojo Back"
最高にグルーヴィーで、もう、ヤられたって気持ちになるのがタイトル曲、"Get My Mojo Back"。
もうねえ、イントロがねえ、カッコ良すぎるんですよ。
最初にドラム。
タイトで研ぎ澄まされた連打に続いてピアノとベース。
ベースの強烈な躍動感にゾクゾクします。
ドラムは、ジェローム・ジェニングスさん。
続く “Mojo Back" で、テンポを変える案を出したのも彼だとか。
リハーサルでいろいろ試している時に、(“ゲット・マイ・モジョー・バック”の)〈テンポを変えても面白いね〉とジェロームが言ってくれました。まずは自分が最初に想定していたテンポで演奏したのですが、すごく楽しくなっちゃって、まだ終わりたくないという雰囲気になったんです。このグルーヴに浸っていたいという雰囲気の残っているところで、ジェロームのアイデアであった、また違うテンポで再度スタートしたのが“モア・モジョー”です。レコーディングという緊張感よりも、ミュージシャンがその場で生まれる即興を楽しんでいる雰囲気がより出ていると思います。
「海野雅威、不屈のジャズピアニストは〈こんなことで負けてたまるか〉と再び立ち上がった」、インタビュー・文/原田和典
ジェニングスさんは、例の痛ましい事件後に海野さんのためのクラウド・ファンディングのサイトをいち早く立ち上げた方です。
そして、ベースは、海野さんと同じロイ・ハーグローヴ・クインテットのメンバーだったダントン・ボラーさん。
“Circle"
カリプソのリズムが軽やかで、澄み切った空のような曲。
なんと言っても聴きどころはクリフトン・アンダーソンさんのトロンボーンとヴィクター・シー・ユーエンさんのパーカッション。
カリプソのステップの踏み方がわからなくても、思わず体が動いてしまう曲。
“Mr. Elegant Soul"
この曲は、海野さんが尊敬するジャズピアニスト、ジュニア・マンスさんのために書いた曲です。
2021年11月20日に放送された、この素晴らしき世界 分断と闘った ジャズの聖地をご覧になった方は、もうおわかりでしょう。
海野さんがNYで、数々のレジェンドに可愛がられたことは有名です。
アルツハイマー病を患い、2021年1月、92歳で亡くなったジュニア・マンスさんもそんな1人でした。
そしてマンスさんの妻グロリアさんは、海野さんに彼のピアノを引き継いで欲しいと持ちかけたのです。
実は海野さんがジャズジャイアントのお連れ合いにピアノを引き継いで欲しいと言われるのは初めてではありません。
海野さんご自身のアイドル、ディック・モーガンさんのお連れ合いにも、ぜひ彼のピアノを受け継いで欲しいと請われたのです。
詳しくは、海野雅威のピアノの素晴らしさがわかる!ジャズ偉人との逸話集へ。
楽器を直接託すということはしなくても、世良譲さんも、ハンク・ジョーンズさんも、ロイ・ハーグローヴさんも、ジミー・コブさんも、バトンを渡す気持ちは同じだったろうと思います。
そして、彼らもきっとこのアルバムに感動していることでしょう。
海野さんこそが Mojo
肩や腕のコンディションがひどかったとは、全く思えないピアノ。
今までの海野さんのアルバムと比べても、もっとも躍動的で、メンバー全員の演奏する喜びが伝わるような1枚です。
そして、アルバム全体の世界感が、とてもシンプルで力強く、海野さんそのものだと感じられるのです。
余計なものは削ぎ落とし、けれども深くあたたかく、以前にも増して、どんな聴き方でも楽しめて、そして何度聴いても新たな発見がある。
このアルバムを聴いていると、ジャズそのものなのに、ロックでもポップスでもクラッシックでもあるような気がするのは私だけでしょうか?
スティービー・ワンダーやレイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、サム・クックなど、ジャンルを超えた音楽家たちを思い出します。
このアルバムを聴いた多くの方は、海野さん自身こそが “mojo" であると感じられるのではないでしょうか?
そして、最後に一言。
Apple Music でも、もちろん全曲聴けるんですが、ぜひぜひ大きなスピーカーで、CDで、聴いていただきたいなと思います。
そして、CDに付属する冊子には、クリフトン・アンダーソン、坂本龍一、モンティ・アレキサンダー、ロイ・ハーグローヴなど(敬称略)、たくさんのレジェンドからの海野さんへの言葉が記されています。
これも何度も読み返したくなるものばかりです。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
このアルバムの発売記念ライブのレポートもぜひ!
海野雅威 “Get My Mojo Back" 発売記念ライブに行ってきました!|ゴニョ研
そして、海野さんのアルバム、動画など、こちらにまとめています。
海野雅威の情報集結!ライブ・アルバム・お宝動画・逸話等一覧
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