追悼・ロイ・ハーグローヴの名演名盤を聴こう!|ゴニョ研

2018年11月5日ジャズおすすめ

ロイ・ハーグローヴ-名演・名盤をふり返って追悼を

ロイ・ハーグローヴが、2018年11月2日、心不全のため、ニューヨークの病院で亡くなりました。
以前から腎障害の治療中でした。

本当に悲しい。
若すぎます。

そこで彼の素晴らしい音楽の功績を、彼の残した名盤を試聴していただきながら、振り返りたいと思います。
過去の記事でご紹介した動画などもご案内します。

名盤でたどるロイ・ハーグローヴの音楽の歴史

つい最近まで、ロイ・ハーグローヴ・クインテットとして、日本、ヨーロッパ、アメリカなどをツアーで回り、ジャズフェスティバルにも出演し、世界中のファンを喜ばせていたロイ。

どこの国のステージでも大人気だったのは、この曲です。

“Strasbourg / St. Denis”(ストラス・ブール/サン・ドニ)。
この曲の力強いベースのイントロが流れると、観客は指笛をならし手を叩いて大喜び。

この曲の誕生の秘密を、ロイ・ハーグローヴ・クインテットの最後のピアニストだった海野雅威(うんの ただたか)に語ってもらいましょう。

ある時、ヨーロッパの移動中にロイが口ずさんでいた曲がありました。その曲に歌詞がついていることを知らなかった私は、おや? と思ってロイに聞いたことがあったのです。そうしたら、それはニューモーニング(ロイのホームともいえるパリのジャズクラブ)で演奏していたある日のこと、ホテルで就寝中にふと浮かんだメロディで、真夜中に飛び起きて一気に仕上げたんだとロイは教えてくれました。
さらにそれは当時付き合っていた彼女へのラヴ・ソングだったのです。

海野雅威、「追悼ロイ・ハーグローヴ」、月刊「JAZZ LIFE」3月号(2019年)、p84

このほかにもロイは、たくさんの魅力的な曲を書きました。

ロイ·アンソニー·ハーグローヴ(Roy Anthony Hargrove)は、アメリカ合衆国のジャズ・トランペット奏者。
1969年テキサス州生まれ。

RoyHargrove.jpg
By Bob Travis – https://www.flickr.com/photos/bobtravis/190006142/, CC 表示-継承 2.0, Link

ハーグローヴは、ハイスクール時代にあのウィントン・マルサリスに見いだされ、ジャズミュージシャンへの道を歩み始め、バークリー音楽院に進学。1990年に公式デビューを果たします。

1997年にチューチョ・バルディスを迎えて制作したアルバム「ハバナ」でグラミーの最優秀ラテン・ジャズ・パフォーマンス賞を獲得しました。

2002年にリリースされた、マイケル・ブレッカー、ハービー・ハンコックと共演したアルバム、「ディレクションズ・イン・ミュージック~ライブ・アット・マッセイ・ホール」でも、グラミーの最優秀ジャズアルバム賞を獲得しました。

ロイは驚異的な数のジャズ・レジェンドに乞われ共演を果たしています。
かのオスカー・ピーターソンが、やっとロイを捕まえたと大喜びで作った曲のタイトルは“Rob Roy”
この曲の収録されているアルバムのタイトルは、“Oscar Peterson meets Roy Hargrove and Ralph Moore”
ベースはニールスへニング・オルステッド・ペデルセン、ドラムがルイス・ナッシュ。
ロイは若いのに抑制の効いた、本当に無駄のない、完成度の高い演奏をしています。
全員が驚きの表現力で、キレが良く、深いグルーヴで美しい音色。
このアルバムの収録曲は名演ばかりで、私の大のお気に入りです。
残念ながら、このアルバムの試聴が見つからないので、カヴァーで “Rob Roy” をお聴きください。

ロイは、精力的に活動し、正統派のジャズで多くのアルバムに参加したほか、ファンクや、R&B、ヒップホップなどでも、新しい流れを作る牽引力となりました。

ジャズ、ファンク、R&B、ヒップホップ、それらが全て入り混じったような新しい音楽を創造するプロジェクト、RHファクターがそれです。

2003年にRHファクターとしてリリースしたアルバム “Hardgroove” には、エリカ・バドゥ、ディアンジェロ、コモンなどの豪華ミュージシャンがゲストとして参加しています。

ロイは、 “Hardgroove”の制作以前から、アレンジャーやゲストミュージシャンとして、彼らのアルバムに関わって来ていたのです。
2000年には、ディアンジェロの『ヴードゥー』のレコーディングとツアーにも参加しました。

また、ロイはビッグバンドも結成し、2008年にはロイ・ハーグローヴ・ビッグバンドとして、アルバムもリリースしています。
このバンドがまた、すばらしいメンバーで、ウキウキしてくるほどノリノリのアルバムです。

アラサー娘
アラサー娘
追悼なのにそんなにバカっぽいと失礼だぞ!

ピアノはジェラルド・クレイトン、サックス隊の1人は現在もロイ・ハーグローヴ・クインテットのメンバーのジャスティン・ロビンソン。
7曲目の”Every Time We Say Goodbye”や、8曲目”La Puerta” ではロバータ・ガンバリーニの歌が聴けます。
6曲目の “September In the Rain” ではロイが歌い、後半ではバンドメンバーとも掛け合いで歌います。
このバンドの公演を動画で見たことがあるのですが、ロイは指揮したり歌ったり踊ったりトランペット吹いたりと、そりゃあもう忙しいんですが、とても楽しそうでした。

このブログでも、YouTube 動画でジャズレジェンドの演奏を!チャンネル Jazz³+ で、ロイ・ハーグローヴとロバータ・ガンバリーニとの共演動画をご紹介しています。

最近の活動の中心はロイ・ハーグローヴ・クインテット
ここで繰り広げられるのはもちろん、ストレートアヘッドなジャズ。
バンドメンバーは常に精鋭を選りすぐり、リハーサルなし、事前の演奏曲の決定もなしでステージに臨むという驚異のスタイルを貫いてきました。
ロイ・ハーグローヴ・クインテットの最新アルバムは2008年リリースの“Ear Food”

このアルバムの録音当時のクインテットのメンバーで現在も在籍しているのは、サックスのジャスティン・ロビンソンだけですが、このアルバムのメンバーも強者ぞろい。
ロイのトランペットは、最高に美しい音で温かく、どんな曲でもフレーズがしゃれています。

ロイ・ハーグローヴの最後のクインテットでの演奏動画やレポートは、このブログでもたくさんご紹介しています。

ご紹介しておりますので、よろしかったら是非。

あのゲイリー・バートンのソロも!驚異の超絶技巧おすすめジャズ動画の記事ではロイがセッションに出ていた頃の驚愕のエピソードもご紹介しております。

ロイ・ハーグローヴ、たくさんの名盤名演をありがとう

ロイは、他のジャズ・ミュージシャンと違った雰囲気を持った方でした。
ジャズ界、いや音楽界きってのおしゃれさん。

ロイ・ハーグローヴ・クインテットのブルーノート東京公演のフライヤーの写真

ロイ・ハーグローヴ・クインテットのステージでも、マイケル・ジャクソンのカヴァーを演奏したり、サム・クックの「スーズ・ミー」を歌ったり踊ったり。
彼は、ジャズのスタンダードを演奏する時には必ず歌詞をしっかりと読み、それを踏まえて演奏するのだと、最後のクインテットのピアニスト海野雅威(うんのただたか)さんが話しておられました。

最初に私が彼を生で見たのは5年くらい前のブルーノート名古屋でした。
公演後に、お客さんでいっぱいのエレベーターホールに出てきて、お店の人と一緒に座っていたんです。
「話しかけたかったらおいでよ」って雰囲気でした。
英語もダメで勇気のない私でしたが、日本語ででも話せばよかった。

今年の3月にブルーノートで見た時は、ファーストでは明らかに体調が悪そうでした。
なのにセカンドではノリノリで音にも張りがあったんです。
そして、公演後にはセッションに出かけたとか。
後から透析をうけているという噂をきいて本当にびっくりしました。

厳しい闘病生活をしていたら、そりゃあ調子の悪い時もあったでしょう。
でも、そんな中であんなに温かく美しい音を奏でていたなんて、今でも信じられません。

ロイ・ハーグローヴの技術の高さは体調不良をカバーして余りあるものだったとしても、身体のことを考えれば、違う選択もあったのかもしれません。
でも彼は本当に音楽を愛していて、ツアーも深夜のセッションもどうしてもせずにはいられなかったんですね。

素晴らしい音楽を私達に届けてくれて、本当にありがとうございました。
これからもあなたの音楽を聴き続けます。
そして、あなたの影響をうけた音楽家たちが、これからも素晴らしい音楽をつくり続けてくれるでしょう。

そちらで、たくさんのレジェンドと思う存分セッションしてください。

お疲れ様でした。
ロイさん、安らかに。

ロイの追悼コンサートは驚愕の豪華メンバー!名演連続の4時間超え

追加情報です!
ロイ・ハーグローヴの追悼コンサートが2019年1月8日、ニューヨークのジャズ・アット・リンカーン・センター(JALC) で行われました。
この様子は全世界に同時に動画配信されましたが、現在は録画を見られます!
出演者全員の名前を時間経過で表にしてみたので、ぜひご覧ください。
もちろん、この下の記事から動画へ飛べます!

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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