海野雅威・吉田豊 ”DANRO” あなたをそっとあたためる|ゴニョ研
海野雅威・吉田豊!最高に心地よいアルバム “DANRO" をご紹介
ニューヨークでハンク・ジョーンズ、ジミー・コブはじめ、数々のジャズ・レジェンドに愛される海野雅威(うんの ただたか)をご紹介します。
ジャズ界を牽引するロイ・ハーグローヴのクインテットで、初の日本人ピアニストとして、今や海野さんは世界を駆け回っています。その彼が、15年以上活動を共にした吉田豊さんとのデュオで作り上げた、最高に心あたたまるアルバムをご紹介いたします。
“DANRO" 暖炉のようにあなたをあたためる音楽を
2010年に二人で北海道ツアーをした時、ある養護学校を訪問して演奏する機会をいただきました。全校生徒、親御さん、先生方全員が参加してくれた大きなコンサートでした。最初、おそるおそる離れて眺めていた生徒達が、演奏とともに徐々に体が動いてきてくれて、気づけばピアノとベースの周りに群がって大騒ぎになり、最後に校歌を大合唱してくれました。二人ともその姿にとても驚き心を打たれました。
“DANRO" の解説の吉田豊さんの文です。子供たちへのまなざしが温かい素敵な文章ですね。
このお話から、小澤征爾氏が小学校の合唱を指導していることや、ウィーンフィルのメンバーがツアー先では必ず被災地や学校へボランティアで演奏に行くのだという話を思い出しました。
”DANRO" のお二人を含め、彼らにとって音楽で人を幸せにすること、音楽で人と心を交わすことは報酬のためにする「仕事」ではなく、使命なのだと気付きます。
吉田さんは、こう続けます。
音楽を押し付けない、誰にでも居場所がある音楽、それが僕たちの目指す姿なのだと、気づかされました。ジャズという音楽の持つ無限の可能性を心から感じたのです。
聴いてくれる人達にとって僕たちは「DANRO」であり続けたい。それがコンセプトです。
なんとセットリストなしの即興演奏を録音
驚きなのは、このアルバムの制作方法。
埼玉県東川口にある<MUSIC HOUSE u3chi>。初日は観客入りのライヴ録音。翌日はオーディエンス抜きの収録で、その中から厳選した8曲を1枚にまとめたのがアルバム「DANRO」である。”普段着のリラックスした演奏を記録したい”という海野の想いから、セットリストなしでプレイしたというから、すべてが即興演奏といっていいいだろう。
(菅野 聖、アルバムのライナーノーツより)
曲もサイズも、エンディングも何も決めず、「弾き始めるから適当に入って来てね」ということですよね。
15年いっしょに演奏しているとはいえ、本当にすごいなあと思います。
0.01秒のずれもなく、
恐ろしいくらいにキメのリズムは決まり、
ベースとピアノが特徴的なパターンをユニゾンしたり、
ソロでは素敵なフレーズを拾いあったり…。
本当にこれって、なんの打ち合わせもなしなの? と驚きます。
では、曲をご紹介します。
聴きごたえがあるのに暖かい!ほんもののジャズ!
1.Waltz for Debby
ビル・エバンスの演奏があまりにも有名な曲。作曲もエバンスです。英語の歌詞の作詞は Geene Leese。この曲の収録されている同タイトルのアルバムは、このブログの以下の記事で試聴できます。
ウィントン・マルサリス スタンダードタイム Vol.3|ゴニョ研
打楽器としてのピアノの特徴を最大限に生かした優雅でダイナミックなソロから始まります。テンポルバートで心の赴くままに自由奔放にフレーズを紡いでいき、ワルツだったのに不思議なくらい自然にアップテンポの4ビートになって、ベースが入る。
そして曲の初めに提示された、強いアクセントを持ったフレーズは、1曲をとおしてずっと継承されていきます。なんて凝ったアレンジなのでしょう。そして太い川のように、この曲の流れを支え続けるベース。これまで聴いた、誰の演奏とも違う、疾走感あふれ、そして美しい ”Waltz for Debby”。まさに海野・吉田バージョン。
2.The Nearness of You
1938年、Hoagy Carmichael 作曲、Ned Washington 作詞。
冒頭はテンポルバートで甘美なピアノソロ。それがベースが入る寸前から心地よくスウィングする軽快で、でもブルージーな曲に変身します。ドラムがいなくても、こんなにご機嫌にリズムを感じられるデュオは、そうないと思います。
ピアノソロがまた、なんでそんなに自由自在に何でもできるんだろうと驚愕します。よくさまざまなアドリブの技が豊富な人を「引き出しが多い」とか言いますが、そんなレベルを超えています。ハーモニーやスケールを巧みに操って、魔法のように見たこともない美しいものを作り出せる。そして、どんな超絶技巧でも全く音が濁らず、全くテンポのずれがない。聴けば聴くほど凄さを実感します。さりげなーく転調しているところも大好きです。
3.Star Eyes
1943年の映画の曲で、Gene de Paul と Don Raye によって書かれた曲です。チヤーリー・パーカーの録音が有名なようです。このアルバムでは、肩が凝らないというより、肩こりも治るんじゃないかという、リラックスして聴ける演奏です。ピアノソロに続くベースソロ。思わずニンマリしてしまうような美味しいフレーズがあります。ベースソロが終わってテーマに戻るのだけれど、B メロでは、ベースがメロディを演奏して海が少し凪いだような静かな雰囲気になる。その後、また軽快なリズムに戻って二人がリズムをピッタリ揃えて、小気味よいセンス抜群のエンディングへと突入していきます。
4.Old Boy
アルバム唯一の吉田豊さんのオリジナル曲。4bars を聴いていると、本当にお二人の会話そのものを聴いているよう。オリジナル曲でのベースソロは他の曲より、ちょっと熱くて聴きごたえがあるように感じます。
5.Girl Talk
作詞 Bobby Troup、作曲 Neal Hefti で、1965年の映画『ハーロウ』の主題歌で、いち早くジャズとして取り上げたのは、オスカー・ピーターソンなのだとか。このアルバムは、この曲と4曲目以外、全て海野さまのアレンジなんですが、この曲はレイ・ブライアントのアレンジと、アルバムのジャケットには書いてありました。
そこで、レイ・ブライアント・トリオの演奏も聴いてみました。確かに特徴的なベースのフィルインなど、テーマの弾き方は似ているところはありますが、ブライアントの重厚で力強い演奏と海野さんの軽快でリラックスできる演奏とはずいぶん違います。冒頭のピアノソロもエンディングも全く別物。まあ、当たり前ですが。
ブライアントは1931年生まれのピアニストでソロ演奏でも有名です。十代にはベースも弾いていたそうなので、こんなしゃれたベースのフィルインが浮かぶのも頷けます。ブライアントは、トリオだけれども、この低音のフィルインを全てピアノだけで弾いています。このアルバム “DANRO" では、ベースで弾いていて、それはそれはゾクゾクします。アドリブの後のテーマの演奏ではピアノとベースでユニゾンしちゃうので鳥肌ものです。
このアルバムの中で、私はこの曲が一番好きです。海野さまは盛り上げる時も、あまり力強く鍵盤を叩いたりしないのです。そのかわり、和音の構成音を増やしたりグリッサンドを繰り返したり、ピアノが一番「鳴る」音域を使ったりして、力強い演奏を展開します。
6.The Pasture
この曲は海野さんのオリジナルです。先ほどの ”Girl Talk” とは打って変わってクラッシック的な要素の強い、抒情的でドラマチックな曲。といっても、テーマはとても静かで穏やかな、朝霧の谷を想像するような美しい曲。次第に壮大で重厚な曲に発展し、また穏やかなテーマに戻って終わります。
7.Falling Love with Love
1938年に公開されたミュージカルのために書かれた曲です。リチャード・ロジャース作曲、ロレンツ・ハート作詞。海野様のこの曲の録音は、鈴木良雄トリオの “For You" にも入っていますね。トリオのものも十分に上手いけれど、その時に比べると “DANRO" のバージョンは、ずっとリラックスして力強く自信に満ちているように思います。この曲も、むちゃくちゃさりげなく何度も何度も転調していて、ベースがなぜそんなに瞬時に反応できるのか不思議です。彼らにとっては転調なんて、ホントに朝飯前なんでしょうね。私がピアノ弾いてて(出た、なぜ私が出てくるのか不明だが)、バンドでヴォーカルに
「半音上げて」
とか言われたら
「すいませんが急な対応は困難なので次の練習まで待ってください」
と言ってしまいます。
なんて言っているうちに、むちゃくちゃしゃれたエンディング!!
胸がすくようです。
鈴木良雄トリオが海野さんをフィーチャーしたアルバム “For You"は、For You featuring Tadataka Unno・鈴木良雄トリオ!これぞジャズ で試聴していただけます。
8.Little Girl Blue
1935年に、7曲目と同じロジャース&ハート・コンビで書かれ、ミュージカルでも使われました。落ち込んで海の底まで沈んでいくような内容の歌詞です。
この曲は、ものすごく個性的なカバーが、特に歌でたくさんあるのですが、やはり落ち込みきった歌唱ばかり。それはそれで、聴きごたえがあるのですが、海野・吉田コンビの演奏は、そこまで落ち込まなくて、聴きやすいです。っていうか、ピアノでもベースでもソロを聴いているとセンス抜群のフレーズに思わず
「イエィ」
と言っちゃう!
ベースソロの最中なんて、しゃれたフレーズを速攻でピアノが繰り返して弾いたりします。なんといっても、本当にご機嫌なリズム! ピアノとベースの息がものすごく合っていて、「せーの」って感じでむっちゃ重厚なブルースになっちゃったりして、かと思うと、最後はピアノソロで、全然スウィングしない、クラッシックのような壮大な演奏。
私はニンマリしたり、びっくりしたり、大変忙しかったです。
そして最後の拍手の音で私は、最高にびっくりします。
これ、ほんとにライブだったんだ!!
録り直しとかなし! 全くの即興?!
海野雅威はきっとグラミー賞を獲る!と私は思う
海野さんのピアノは完成度が高すぎて恐ろしいくらいです。そしてジャズのいろいろなスタイルにものすごく精通していて、いつでも、ひょいっと、いろんなコマを出してこれる。そして常に音が澄み切っていて美しい。
「そういう人いたわ」と思ったら、ウィントン・マルサリスでした。
そうして、もっと私が強調したいのは、ピアノのジム・ホールかっていうくらい調和を大切にし、自己主張ばかりが強い演奏とは程遠いのに、どの曲を聴いても「海野さんらしい」と感じてしまう。そこに広がる彼の世界があるのです。
海野さんはジャズの分野ではもう、超一流の領域に達しつつありますが、クラッシックの世界でも評価の高いピアニストになれるのではないでしょうか? そういう意味では、キースやチックや、もっとさかのぼればアンドレ・プレヴィンのようなピアニストに。そして、海野さん自身は全く名誉欲がなさそうだけれど、グラミー賞を獲って、いや、取らなかったとしても、必ず歴史に残るピアニストになると思うのです。
アルバム一覧はこちらの記事にあります。
ディスカッション
コメント一覧
熱い思いのこもったアルバム解説ですね
アルバムの中の解説いけるんじゃないですか?
岡崎さん、お読み頂き、コメントまで頂き、ありがとうございます。とても嬉しいです。アルバムの中の解説?! 夢ですね。
Face Book の岡崎さんの投稿、楽しみに読ませていただいております❤
今後ともよろしくお願いいたします。